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コンサート・レポート:2019/06/08 CARABATO 『フルプルファファ想~小さな夢なら叶えますーDANCE & POEM&MUSIC』

バンドネオニスタ仁詩(ひとし)さんからご案内をいただき、本日は大阪・中崎町のコモンカフェまで、CARABATOのステージに伺いました。

 

建物地下にある会場は、壁一面が木製のシェルフになっており、少し抑えめの照明がここちよいカフェ空間。パリやロンドンの極小劇場を思わせる、こうした”cozy corner”とも呼びたい空間でのコンサートや音楽イベントが、このところ日本でも本当に沢山行なわれているように感じます。

 

出演者同士、和気あいあいと、オフタイムのような雰囲気でやりとりをしているのを見て、こちらもリラックスしているうちに、ステージは極めて突然、かつ自然なかたちで、「音楽語」(おとらくご)『三度目の飯』に入っていきました。

 

この、ダンス〔+マイム?〕+「楽語」(ご本人による命名だそうです。ダンスと音楽と落語が一つになったパフォーマンス)を見せてくださったのは、熊谷拓明さん。ミュージカルをきっかけにダンスとパフォーマンスの世界へ足を踏み入れ、シルク・ド・ソレイユにも出演しておられたという異色の経歴の持ち主です。やおら、彼が最初の「動き」を見せた時、場全体の空気が変わるのがわかりました。

 

様々な店が並ぶ商店街の描写を、ひたすら各店が放つ「におい」だけで描写していくオープニング。パトリック・ジュスキントの小説『香水』の冒頭を思わせる、言葉だけで、実際の嗅覚はとらえていないはずの、様々な〈におい〉を受け手に鮮烈に想起させていく様は、見事でした。瞬く間に物語世界に誘い込まれたお客は、黒猫シャンの眼を通して描かれる、猫と人間の世界の境界を超えての悲喜こもごもを体験することになります。気ままに生きる猫でありながら、「出されたものは全部食べる」という行為によって、全てを「受け入れる」ことが何を意味するのか、を考えさせてくれるシャンの行動パターンが、様々な解釈の誘惑に観客を誘うような物語、でもありました。

 

それにしても、パフォーマーとしての熊谷さんの力量は相当なものだと感じました。自ら発する言葉に身体を共振させ、物語世界に自らの身体を「反応」させることでストーリーを進めていくスタイルは、少なくとも、私はこれまであまり遭遇したことがない表現のかたちで、鮮烈な印象を受けました。その中でも印象深かったのは、自身から放出されるエネルギーを自在にコントロールしておられたこと。非常に狭い空間の中で、観客を至近距離に置きながら激しい動きを見せる時でも、見えない壁一枚を隔てるかのように、「寸止め」のところで、余計なエネルギーが観客の方に飛ばないように調整されておられるように感じました。この方のパフォーマンスを、もっと色々拝見したい、そう思わせてくれるステージでした。

 

 

休憩を挟んで後半は、詩人で演出家の久世孝臣さんによる自作品の朗読を、「音楽語」から引き続き、仁詩さんのバンドネオンとピアノ、熊本比呂志さんのパーカッションと共に。これは非常に懐かしい感覚と同時に、どこか清新な魅力も感じて、大変興味深いひとときでした。「懐かしい」というのは、かつて学生時代に何度か西欧の都市で遭遇したpoetry reading (詩の朗読会)や、詩人と音楽家による言葉と音楽のパフォーマンスに通じる空気を感じたからです。パリの小さいアトリエで体験した、マラルメの詩をフランス・ピアノ音楽作品に合せて朗読するパフォーマンスを思い出しました。

 

けれど、今日のステージは、決して安易な「現代日本に転生したアポリネールやランボーによる朗読パフォーマンスの再現」ではありません。むしろ、今の日本でこそ生じるべくして生まれ出た、オリジナルの詩の世界、という印象がある言葉と音のパフォーマンス。久世さんの、少年と青年が入り交じったような、独特のセンシュアリティを含んだ声と、途中から熊谷さんのダンスも加えてで展開される朗読と身体表現のコラボレーションを目のあたりにしながら、私の頭の中に連想として浮かんできたのは、高石宏輔の『あなたは、なぜ、つながれないのかーラポールと身体知』尹 雄大の言葉と身体に関する著作など、現代の日本ならではの、言葉、身体、コミュニケーションに関わる極めてナイーブな感性を思考の道しるべとした考察でした。久世さんご自身が、朗読の冒頭で、「相手に自分の意図を伝えるための」日常の言語の世界以外にも、言葉の世界は存在する、そのような「もう一つの言葉の世界」に分け入ることで、自らの中に思いもかけなかった秘密の「泉」を発見するというような体験をしてみてほしい、という内容のことを仰ったのでしたけれど、まさにそのような体験を、密やかに、時に激しく、一貫した丁寧さをもって受け手にシェアさせてくれるパフォーマンスであったと思います。

 

このような、繊細さとパッションを併せ持つ詩の世界が、これまた大変丁寧な音の表現をされる二人の音楽家が加わることで、よりゆたかに奥行きのあるものになってもいたように感じます。四人の、才能きらめくアーティストによる、初夏の緑風(そこに少しばかりの、カレー屋さんからのスパイスの香りも含んで)のような、清新なステージでした!

 

帰りがけに少しお話させていただいた時に、仁詩さんは、10月に神戸にバンドネオン演奏メインのお仕事で来られるということなので、その時にたっぷり彼のバンドネオンを堪能させていただくのを、今から楽しみにしています。