Review: 2025年度第55回フランス音楽コンクールを振り返って
晩夏の余韻が尾を引く日々から一転、にわかに秋冷冴えた11月。「第55回フランス音楽コンクール」ピアノ部門と声楽部門が、大阪の地で開催された。
55回目という大きな節目の年に印象的だったのは、両部門共に、音楽以外の専門分野での学歴、職歴をもつ参加者の入賞や健闘。これは日本社会においてフランス音楽に興味関心をもつ人が増えた証左のひとつでもあり、喜ばしく思う。
ピアノ部門、声楽部門共、今年度は全体的に予選を慎重にこなし、本選で本領発揮、という演奏が多く感じられた。特にピアノ部門本選は、一人あたり20分以上の演奏時間ということもあってか、予選時と同じ楽器とは思えない、奏者の個性際立つ響きがホールを彩った。
〈ピアノ部門 11月8日〜9日 泉佐野市立文化会館内 エブノ泉の森ホール〉
ピアノ部門1位入賞の唐津裕貴。楽器操作において抜群の技量をみせただけでなく、作曲家ごとの音色の弾き分けが明確。特にメシアンの高音部はガラスのようにシャープで澄明。全体的に硬質なピアノだが、冷たさはなく、明快な抒情もまつわるピアニズムの持ち主と窺えた。2位入賞の戸田優佳。昨年度の審査員特別賞受賞を経て再挑戦での快挙。予選のドビュッシーでは昨年に続いて音楽的センスの良さをキレのある演奏で印象づけ、本選のメシアンは特に進歩を感じさせた。3位入賞の玉寄杏奈。全体的に重心低めの重厚な音の出し方が記憶に残ったが、随所に音色研究と工夫の跡が感じられる堅実な演奏。同じく3位入賞の森重ひろ美。当コンクールでの複数回の出場歴を経て、今回実り大きい成果を、丁寧な音色処理とこまかなメリハリの効いた演奏で手にした。
〈声楽部門 11月15日〜16日 大阪市中央区 音楽サロン「ラ・カンパネラ」〉
声楽部門1位入賞の吉田理乃。柔らかで深い、水を含んだような響きの声質がフランス歌曲に向いているだけでなく、フランス語の発音も的確丁寧で、最高位にふさわしい演奏だった。2位入賞の池田悠太。伸びやかで品のある発声と、安定したフランス語の発音が聴く耳に心地よく、フランス歌曲の魅力を十分に伝える好演。3位入賞の寶条あき。入選だった初回出場を経て二度目となる今回は入賞の快挙。独特の柔らかさを帯びた声がフランス歌曲に合うだけでなく、今回はさらに研究工夫を重ねた跡が見えた。同じく3位入賞の森本桜。余計な動きのない、端正で品のある歌い姿が印象的。フランス歌曲の知的な魅力を伝える好演とみた。
一点、声楽部門全体を通して気になったのは、ピアノ伴奏のクオリティの「ばらつき」。歌い手と共に一つの音楽世界を創り出すべく、「共演者」としてコミットしている伴奏者の好演が光った一方で、歌い手の声質やコンディション、曲の内容やスタイルに気配りすることなく、「ただピアノを鳴らしているだけ」と感じざるを得ない伴奏者も散見されたことは残念。フランス歌曲はとりわけピアノ伴奏者の技量とセンスが演奏の質に影響を及ぼす度合いが高い分野であることを考えると、これに関わるピアニストにはぜひ心してもらいたいと思う。
55回目という大きな節目の回にあたり、改めて「フランス音楽コンクール」の軌跡を振り返って思うのは、当コンクールならではの「独自性」である。日本におけるフランス音楽啓蒙と普及、という目的を掲げて始まった当コンクールは、半世紀以上にわたってその目的のために、独自のスタイルを貫いてきた。予選本選ともに、一切のオンライン審査の類を排し、完全対面、完全演奏(時間切りなし)。フランス音楽にどれだけ「真正面から」向き合ってきたかが問われる課題曲や条件設定の前には、小手先のパフォーマンスや付け焼き刃は通用しない。
このようなやり方を一貫する中で、時に「時代に逆行している」あるいは「原理主義的」といわれることもあった。が、こんなコンクールだからこそ、「何度も挑戦し甲斐がある」と、繰り返し挑み続ける中で、己の進歩や成長を実感したという参加者は少なくない。参加者同士の間での交流や情報交換の場ともなり、そこから新たな演奏活動や研鑽の機会に結びついた、という履歴も多い。その意味で、「フランス音楽コンクール」が、巷にあふれる「音楽ビジネス」としてのコンクールとは一線を画する、「純度の高い競い合いの場」として機能してきたことは、主催者として密かに自負を感じるところでもある。
最後に、感謝の言葉で締めくくりたい。今年度も大変お世話になった泉佐野市立文化会館、音楽サロン「ラ・カンパネラ」の2会場。特に「ラ・カンパネラ」オーナーの勝野露路さんには、毎年こまやかなお心配りをしていただき、参加者から「またこのサロンで歌いたい」という声が相次ぐ。一年の大半にわたって、コンクールの事務局の仕事に携わってくれたスタッフの皆さん。皆さんの働きがなければ、タイムリミットが連続する中での円滑着実なコンクール運営は不可能でした。多忙極まるスケジュールの中、大阪の地まで参集くださり、審査の労をとってくださった先生方。先生方の講評は参加者にとって千金に値する貴重な「しるべ」であり、先生方の審査はこのコンクールのクオリティの「屋台骨」でもあります。そして、このコンクールに参加・出場してくださった皆様方。皆様あってこその「フランス音楽コンクール」が、盛況のうちに55回目を終えることができたことに、改めて心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
(文責:一般財団法人カンセイ・ド・アシヤ文化財団 代表理事 山田 良)


