カンセイ・ド・アシヤ文化財団カンセイ・ド・アシヤ文化財団

スギテツさんのこと③―希有なる「音楽職人」

 

こんにちは。代表理事の山田 良です。

スギテツさんのこと、第3弾です。

このところ、特に表現の世界において、「内向き」「外向き」ということをしばしば考えます。

これは、いわゆる「内向的」「外向的」というのとは少し違っていて。

外向き、というのは、他人や世間の視線を意識しての表現。これは、どうしたら、他の人の眼から見たら面白く見えるか、きれいに映るか、魅力的と思ってもらえるか。に意識がいっている状態での表現。昨今盛んに言われる、いわゆる「インスタ映え」を追求、というものも、この範疇の例かもしれません。ネット上で、高い評価をもらうことを意識して被写体を選び、写真を撮る時、その時の撮影者の意識は「外向き」に傾くといえるのではないでしょうか。

対して、内向き、というのは、他人の視線や社会からどう見なされるかは、あまり気にせず、まず、自分自身が面白い、表現してみたい、と感じる気持ちを重視・優先しての表現。

もちろん、表現の世界では、それがプロの仕事になればなおさら、両方の面が必要ではあります。「外向き」の感覚は、商品として売れる、ビジネスとして成功する、ためのマーケティング戦略を考えるためには必須でしょうし、「内向き」ばかりになれば、独りよがりの、世界と繋がれない、孤立した世界を創ってしまうリスクもあります。一方で「外向き」の眼しか持っていなければ、いわゆる「売れ筋」ばかりを意識した、底の浅い表現になってしまうでしょう。

スギテツ・デュオの場合、これはあくまで私の印象ではあるのですが、作品創りにおいては、どちらかというと「内向き」の傾向が強いのではと感じます。

自分たちが、面白い、と思うことがまずきっかけになり、それを追求する。そして、それをどうやったらよりパーフェクトなかたちで提示できるかを考えている。この時に、彼らが持てる才能とエネルギーを全て傾けておられるように感じられます。次から次へと溢れる編曲のアイデア。超絶技巧のヴァイオリンの演奏技術。それらを駆使して、より高度に、より複雑に、そして、より面白く。彼らにとっての「パーフェクト」には、聴衆への飽くことなきサービス精神、が表裏一体にもなっています。「聴く人を、もっと笑わせたい」「もっと喜んでもらいたい」。他人目線を気にするのではなく、まず自らの内から湧き出る楽しさ、ワクワク感を出発点にされた上での、「他者への思い」だからこそ、単なる「外向き」の表現にはない、独特のパワーがあるのでしょう。

さらに、これはネットなどで他の方も書かれていることですが、スギテツの冗談音楽には、原曲のクラシック作品への愛情、そして何よりも「美しい音楽」へのリスペクト(敬意)が感じられます。これが、昨今巷に溢れるクラシック作品の「アレンジもの」とはひと味もふた味も違う点です。結果、原曲の良さがかえって引き立ち、違うかたちで見えてくる。それは、ちょっとやそっと、いじったくらいでは、びくともしないクラシック音楽の底力を感じさせる瞬間でもあります。

古来、芸術を表わす言葉であるartは、優れた職人技術も意味しました。というよりも、元々が職人技術、という意味であり、常人ではかなわないまさに神業のような技術を目の当たりにして、人々が「技術=芸術」と見なした、という方が、流れとしては正しいかもしれません。この名残は、フランス語で「職人」を表わす言葉artisanアルチザンと、artist(アーティスト・芸術家)という英語の繋がりにも見ることができます。

その意味で、スギテツ・デュオはまさに現代に生きる、希有なる「音楽職人」と呼ぶべきかもしれません。

最後に、スギテツ・デュオの「artisanぶり」を思わせるエピソードを二つ。

今年の初夏に、スギテツ・デュオのヴァイオリニスト、岡田鉄平さんのリサイタルに寄せていただきました。

その時、限定盤の新作CDを買わせていただいたのですが、スギテツのステージでのお姿とは対照的な、非常に物静かな佇まいでおられて。サインをしたためられた後で、ふと、手を止められ。自筆のキャデラックの絵が描かれたCDの表面を、弦楽奏者らしい、のびやかな綺麗な指で、つっ、と。斜めになっていたキャデラックの向きを、きちんと平行に直されてから蓋を閉じて、手渡してくださいました。この時、ああ、この方は、自分が創ったものを本当に丁寧に送り出す方なのだ、と感じた次第です。

もう一つのエピソードは、「進化し続ける作品」。

スギテツ・デュオの作品の中には、もはやファンの間では「鉄板」とみなされている、定番中の定番ヒットが沢山あるのですが、それらは決して「立ち止まる」ことなく、「進化」し続けているように見えます。より面白く、よりパーフェクトを目指して、磨き続ける。まるで職人が自作を研磨し続けるように。作品を、技術を、磨き続ける。

あまり具体的に書くと「ネタばれ」になってしまうので控えますが、ヨハン・シュトラウスによる「三大ワルツ」の一つ「美しく青きドナウ」を使った、スギテツの冗談音楽の作品があります。これなどは、最初の頃の編曲から比べると、現在のバージョンはどれほど複雑に「進化」していることでしょうか!聴き比べると、両者の間に、どれほどの「研磨」の時間が流れたのか、と思いを馳せてしまいます。

現代における希有なartisans musicales (音楽職人)、スギテツ。

どんな豪華なオークションでも手に入らない、その日その時だけの、打ち上げ花火のような、音楽職人の逸品の技を、どうぞ聴きにいらしてくださいませ。

9月16日、神戸ファッション美術館 オルビスホールでお待ちしております。

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。